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僕が怒っていること

今日は、何も書くことが思いつかなくて更新できないかと思っていましたが、やっと書きたいことが思い浮かびました。いやいやで、強制的に書くのは嫌ですからね。自分が好きで書いていないと、気分的に乗りませんから。

それで、今回書きたいと思ったことは、僕の怒っておることについてです。怒りというよりもそれはよくないだろうみたいな不満みたいな側面が強そうですけど。

僕の怒っていることは、2つあります。それは「伝説」と「感動」lの2つです。何でそんなことに怒っているんだといぶかられそうですけど、とりあえず進みます。

まず、「伝説」についてです。最近巷でよく「伝説」という表現を使うことが増えた気がします。たとえば、伝説の漫画が映画化、みたいな感じです。これは映画『釣りキチ三平』で使われていました。僕は、『釣りキチ三平』のどこが伝説なんだと思いました。確かに、結構な部数を売った作品かもしれません。ですが『釣りキチ三平』を伝説の漫画だと思っている人はいるのでしょうか。漫画で伝説になってもいいのは、手塚治虫、石ノ森章太郎などのトキワ荘メンバーとわずかだと思います。

もっと、神格化されてきた作品でない限り、「伝説」という言葉を使ってはいけないと思います。マイケル・ジャクソンやヒトラーなどは「伝説」といってもいいと思いますが、そこまで簡単につけるのはいけなと思います。ある種の表現の陳腐化が進んでいるような気もします。もう少し、言葉を丁寧に使った方がいいのではと常々思っています。

次に「感動」についてです。こちらは、表現の問題ではなく、内容の問題です。すばらしい映画を観たり、小説を読んだりすると「感動」します。それ自体は何ら問題ないです。しかし「感動」ものが多く使われすぎではないのかと思ってしまいます。

テレビをつけるとすぐに、感動の実話みたいなものばかりを目にする気がします。できれば、気がするだけであってほしいです。感動することは否定しませんが、感動ばっかりしていたら、感覚がマヒすると思います。

単純なストーリーを聞いただけで、感動して涙が出るというパターンができてしまったら、これこそSFです。パブロフの犬となんら変わらないです。僕は「感動」が安売りされているようにしか思えないのです。『恋空』という映画がありましたが、僕は他人が何に感動しているのかわかりませんでした。ただ、泣くためだけに『恋空』を観ていたのではと思ってしまいます。だからかはわからないですけどっテレビ版の『恋空』は視聴率崩壊していたということを聞いたことがあります。

人はいろんな体験をして成長します。喜怒哀楽すべて必要です。物事が最も美しく見えるのは「感動」です。ですが、感動だけではバランスの悪い偏った人間になります。メディアも「感動」だけでなく、痛み(精神的なもの)を伴うものも放送するべきなのではないのでしょうか。

他にも僕が起こっていることはたくさんあります。現状を受け入れつつも、常識を疑うのは非常に大切だと思います。

アクセスが800を超えました。ありがとうございます。もうすこしで1000です。目標が低いかもしれませんが、これからもよろしくお願いします。
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