スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

どうもすみません

注:この記事を読むことはオススメしません

昨日の記事なんですけど、もっとまともな記事をもう1本書こうと思ってたんですけど、うっかり寝てしまいました。んなわけで、とりあえず、僕の考えた話でも書こうかと思います。

基本的に、僕の考えの記事は人気がないですね。だいたい、映画か本について書いた方が、アクセスがアップしますね。ま、基本は自分のために書いているので、アクセスは気にしない方向で行きたいんですけどね。

先にいっときますけど、ほとんど雑記のような話になります。そこら辺は、わかった上で読んでくださいね。正直、今もネタは考えいないです。僕の好きな『パルプ・フィクション』のように、くだらない話の羅列になりそうです(結果的に収束するとは思えないんですけど)。

ライターっていいですよね。ライターとは言っても、火をつけるライターではなく、書き手としてのライターです。職業としては、評論家とか記者、ジャーナリスト、ブロガーとかになるんでしょうか。

筆一本で生きているわけではないでしょうけど、小さな記事でも、世に出るというのは、楽しそうですよね。現時点では確実に、いや絶対に不可能でしょうけど、将来は、なんかしら文章を書いてメシを食っていけるようになりたいですね。

何が書きたいのかわからなくなったので、次の話へ行きましょう。申し訳ないですけど、映画の話も混ぜさせていただきます。

映画って、内容以外に、音楽って重要ですよね。

今、学校に英語の授業でジョン・ウィリアムズの話をやっています。ジョン・ウィリアムズと言えば、『ジョーズ』『スター・ウォーズ』とか有名な音楽を作ってる人です。

そんで、作曲家(映画のですよ)について知りたいなと考えたんですよ。そんで、今興味のある人と言えば、エンニオ・モリコーネですね。『イングロ』で使われて初めて知ったんですけど、めっちゃいいのばっかですね。『イングロ』のエンドロ-ルで流れる奴が好きですね。

とりあえず、はっておきます。パソコンで読んでいる人は(いてくださいよ)楽しんでください。



作曲家について書こうとしても、何を書きゃいいんだよと言うことで、次の話題に行きましょう。

ダン・ブラウンの最新作が出ましたね(結構前だよ!)。ラングドンシリーズの3つ目です。『ダ・ヴィンチ・コード』『天使と悪魔』の両方とも観ましたけど、『ダ・ヴィンチ~』はそうでもなくて、『天使と悪魔』は面白かったです。

そんで、その新作『ロストシンボル』なんですけど、イギリスで、結構売れてるらしいんです。日本では原書はもうあります、まだ訳本は出てないです。原書は3000円位するんですけど、読んでみようかなと思います。読んでみようかなと言うよりも、挑戦ですね。

『イングロリアス・バスターズ』を観て、「語学くらいできないと終わりだな」と正直思いました。特に英語はそうですね。ということで、茂木健一郎が英語をわからなくても読むのはいいと言っていたので挑戦しようかと思います。

結果は、いつ出るかは不明です。結局日本語で読んでこの記事もスルーと言うこともあります。そこら辺は許してください。とはいっても、誰に許してもらえばいいのかもよくわからないところですけどね。

昨日、NGYと呼ばれる人(学校の人ですよ)が、よくわからん演説っぽいことをしました。僕的には、苫米地英人と似たような話にしか思えなかったんですけど、まあ、耐え抜きましたよ。ヤジ飛ばせばよかったかとも思いました。ヤジを真面目に飛ばしてくれた、S君は僕のリクエストに見事こたえてくれました。

そんで、成功について結構語ったんですけど、現在の延長では現在でできる範囲で終わるというのは間違っていないと思います。新たなステージを迎えるには、別の方向付けが必要ですね。まずは、行動するくらいしか方策はないと思いますが。

今まで、3つくらいの話題について、落ちのみえない、面白くない、何が言いたいのかわからない話を展開しました。暇つぶしがいいところでしょう。

しかし、まだまだ描き続けますよ。そんなこといっときながら、僕の頭はほとんどストップるんですけどね、そこは無視して書き続けます。

基本的に受動的な行動ってなんかしら得るものがありますよね。本読む(能動的にも見えますけど)、映画観る、音楽聴く、人の話聞くとかいろいろありますけど、受動的なもので、唯一ダメなものは、目的のないネットサーフィンじゃないかと思います。

ネットサーフィンって楽しいですけど、結果的に得るものはほとんどないです。ということを、長い時間を無駄にしてやっと理解しました。なんでもいいので能動的に働きかけたいですよ。

そういえば、さっき、脳科学の話のTV番組で、伊東四朗が「昔は天皇を暗記した」とか言って、天皇の名前を言い出して、拍手してもらってましたけど、世の中の縮図にしか見えませんよ。

拍手してますけど、どう見てもイエスマンになってるだけでしょ。視聴者はそんなに面白い話じゃないでしょ。

ここから、「余計な自慢するな」という教訓が得られました。謙虚になれと言うよりも、変な自慢するなと言う方が、正しいでしょう。僕も人間ですから、自慢はしたいですけど、自慢しない人って印象いいって、やっぱり思っちゃいますよね。

自慢は、周りにしてもらうまで待ちましょう。それこそ、職人です。

僕は、結構他人から頼まれるまで待つ性格です。みんなができないときに「俺がやる!」と言って、さらっとやるのが理想です。僕としては、それが一番かっこいいのです。くだらないですけど、僕はそういうことが好きです。

自分に対する突込みって、ある種ご法度ですよね。自分がこう思ってこういう行動をしたということはそうそう人様に行ったりすることではないですよね。

このブログで、いくつか自分に対する突込みのようなものを書いてきましたけど、普通、そういった手のうちを見せることはないと思います。自分の切っているカードを相手に見せることはそんなにないことでしょう。

僕は、そういったことが多いんですけど、正直言って、それは逃げているだけだと思います。自分に対する突っ込みは自分への、冒涜に近いものでしょう。

今まで、有名な人が赤裸々に語ったといっても、ほんとうに赤裸々に語ったことはないと思います。所詮、本当の本当の本当の、コアの部分のことは行ってないはずです。だって、欲望の思うままになるからです。

そういったことに対して、見えているけど、見ないというような折り合いが必要になるでしょう。『ディパーテッド』ではないですが、「秘密は死ぬまで明かせない」と言うのはある種心理でしょう。

人間本来の行動は、基本的に口にするべきことではないと思います。僕言ってしまいますが。そんなことするから大多数の人に嫌われるのでしょう。まともでないくらいで、ちょうどいいでしょう。それが僕の役目です。

役割演技とは、「人間には役職に等しい役割がある」というような理論だったと思います。シェイクスピアの言うような、「人生といは劇である」という考えに酷似しています。

そういった考えを持てば、さっきの成功の話も、成功する人は成功する役割を演じていると考えられます。逆に考えると、不幸なことが起きても、不幸な目にあう役だと思えば、少々は軽減するでしょう。

僕の人生で得たノウハウに当たるかもしれませんけど、「自分を第三者として見る」ということをすると世界が変わります。哲学的ですが、世界は自分のものになります。自分が見ているモノそのものが世界であるなら、自分が世界の中心になります。それが、世界の人の数あるということです。

結論の出ない議論(そもそも問いもない)なので、終わらせ方の難しいところなのですけど、無理やり終わらせましょう。時間切れと言うことにしてください。

今まで、真面目に読んだ人(こういう記事は人気がないのでいないと思いますが)、どうもすみません。

これからも、暇つぶしにしかならない記事を書こうかと思います。読者が少ないブログの特権です。読者がこの先増える可能性もそこまである気はしないんですけどね。

あ、ブログでの名前を変更しようとしていたことを忘れていた。いま、思いついた名前で行きましょう。ずばり「デラセルナ」!やる気が感じられませんけど、これで行きましょう。チェ・ゲバラの本名から取りました。なんという見切り発車でしょう。では、さいなら。
スポンサーサイト

comment

Secret

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
検索フォーム
リンク
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新記事
FC2カウンター
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。