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グルメ気取りは死ねばいい

人間、生きていくのにはご飯を食べる必要があります。しかし、人間、食べるならよりおいしいものを食べたいと思うのが、当然です。

そんななかで、生まれてくる産業、それはグルメです。

『ミシュランガイド』を始めとする、グルメ本(他に例が出ないのは僕の知識における貧困さが原因)。ネットに腐るほど存在する、グルメサイト、そして本当に腐ってる、写真だけを切り貼りしたゴミブログ。極めつけは、誰が喜んでいるのかも不明な、低予算かつ時間潰しには最適な、グルメ番組。

これらには、人間だからこそ避けることのできない欲求を満たすという効果は認められます。

メシ食うならうまいもんがいい。なら、どこにあるんだ?となれば、文明の利器を使わないたアホはいないはず。

それらがあるのには経済的なものもあるわけですので、まあよしとします。

それらを差し引いても許せないものがあります。それは、グルメを語る奴らです。いや正しくは、ファッションとしてグルメを語る奴らです。

テレビをつければ、どこの馬の骨とも知れぬ、胡散臭いこと請け合いのグルメ評論家。ブログを読めば、自分はグルメを知ってるとでも言うように、誰も興味を持たない料理の写真をのせるブロガー。人の食ってるものに一々コメントしてくるカス。

僕はそいつらにうんざりしている。

なぜか?

それは先程も書いたように、おいしいものを食べるという出発点から離れてしまっているように感じるからだ。

おいしいと思うならどうおいしいのか解明し、説明するのがお前らの仕事だろと思う。

こってりとしたスープなどのようにグルメには独特の表現が存在するが、僕にはそれらの表現を体で感じきったことはない。

一般に膾炙した表現でもあるに関わらず、朧げながら意味がわかるというレベルにすら至らない。そこには評論家たちのプロ意識の欠落があるように思える。

表現者に最も必要なことは、表現すべきものとそれを伝える能力だ。

本人にわかっていることを少しでも多く伝える、その努力を怠っておいて、なにが評論家なのだろうか。

どんな表現を用いてでも、伝えるきることを最終条件にするのが当然だろう。

料理の場合は、写真や映像さえ見せれば、コメントなんか不要というものだ。そこで敢えてコメントをつけるのなら、それ相応のものをつけてもらいたい。

評論活動は、表現者にくっついているだけとはよく言うが、それは大した問題ではないと思う。クソなものを題材にしても面白い評論をする人はたくさんいる。そういう人がいるなら評論を否定する気にはまったくならない。

しかし、グルメのようになまじ絵だけで伝えることのできるものに巣くう奴らにはヘドが出る。

だいたいさ、食文化とかふざけたことをぬかすけど、食文化って何だよ。今の時代なら、マクドナルドとかカップ麺じゃねえのか。

食育とか何だよ。

与えられたものを食べる。それだけで十分だろ。子供にはきちんとしたものを食べさせる必要はあるだろうけど、いい歳した人間に必要なのは、おいしく食べることだろ。

食べることって、三大欲求の一つだから、結局は性欲と同じ扱いになるんだよな。

食べ物について語るのが楽しいなら、勝手にやればいい。ただ、押し付けるな。そして、グルメ番組はつまらないからもう作るな。

グルメなんかより面白いことは沢山あるのにな。
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