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『限りなく透明に近いブルー』


限りなく透明に近いブルー (講談社文庫 む 3-1)限りなく透明に近いブルー (講談社文庫 む 3-1)
(1978/12/19)
村上 龍

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村上龍という人物は随分と不思議な存在である。世界のムラカミである村上春樹と並び称されることもあるが、村上春樹とは一風変わった仕事をこなしている。しかもエッセイを読んでみればわかるが、範囲も広いし独特の着眼点を持っている。小説家でこういった精力的に仕事をしている人物は稀有な存在なのではないかと思う。

村上龍の仕事に関しては、僕は多くを知っているわけではない。サッカーや経済、教育などにも発言をしているが、せいぜい『13歳のハローワーク』を小学生だったかの時に読んだ程度だ。

そんな村上龍の原点である小説が、この『限りなく透明に近いブルー』だ。ストーリーは「舞台は東京、基地の町、福生。ここにあるアパートの一室、通称ハウスで主人公リュウや複数の男女はクスリ、LSD、セックス、暴力、兵士との交流などに明け暮れ生活している。明日、何か変わったことがおこるわけでも、何かを探していたり、期待しているわけでもない。リュウは仲間達の行為を客観的に見続け、彼らはハウスを中心にただただ荒廃していく。そしていつの間にかハウスからは仲間達は去っていき、リュウの目にはいつか見た幻覚が鳥として見えた。」というものだ。ラストまで言及しているが純文学ということもあり読んでみないとわからない部分が相当多いので問題ないだろう。

扱われる内容は暴力、セックスをはじめとする表現をするにあたって柵が確実に存在するであろうものについてだ。執拗なくらいの状況描写を繰り出してくる。ヘロインを摂取するなどの退廃的な行為はすべて身体を伴う表現であり、読み手であるこちら側が痛くなってくる。

状況描写なのだが、これが一貫して中立を保っている。というのも、すべての描写を冷静さをまったく失わずに繰り返していくのだ。淡々と起きていることを書き連ねていく。それらの積み重ねであるからこそ、読みにくい。物語が終わるまでずっとこの表現形式をやめないため、物語の起伏というものが非常にわかりにくい。ラストもいわゆる小説のようなラスト、つまりうまくまとめるということ、を避けているとしか思えないようなものとなっている。

つかみどころのない小説というのがもっとも言いえて妙な表現となってしまうだろう。しかし、それゆえに描けていたもの、世の中への新たな視点というものが存在することは間違いない。
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