スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ゼロ年代の想像力』宇野常寛


ゼロ年代の想像力ゼロ年代の想像力
(2008/07/24)
宇野 常寛

商品詳細を見る


映画ファン、いや映画好きとしては昨年公開された『告白』をめぐる論争というものは非常に面白いものだったと思う。現時点で僕のわかる範囲のことを書くと、結局のところ『告白』を肯定する人も批判する人も同じところを言っているわけだ。

詳しい説明は省くが、『告白』の争点はなにかと言うと、「映像」である。

中島哲也監督は『告白』で、CMで多用されるような記号的表現をちりばめた映像を駆使した。それが、肯定派には「新しい!」と受け入れられ、否定派に派「こんなの映画じゃねえ!」と受け入れられた。

僕の以前書いた記事では、『告白』についての意見を書いている人たちの姿勢を批判するという「逃げ」の意見を書いた。

どちらについても結局は批判されるわけだし、という思考があったからというのもある。しかし、『映画秘宝』を読む僕としては単に、『秘宝』の嗜好するものだけを受け入れるという姿勢いかがなものかと思っていたために、否定に回らなかったのだ。

映画に興味のない人には申し訳ないことに、前置きが長くなった。

この『ゼロ年代の想像力』はこの状況をうまく言い表した、意欲的な作品となっている。

というのも、1990年代の『エヴァ』に見られた、「他者を傷つけるのは嫌だからひきこもる」というスタンスから、ゼロ年代では「そんなんじゃ生き残れないから、自分の信じたいものを信じる」というスタンスに編成を遂げたというのが骨子となっている。

本書ではゼロ年代の状況を深作欣二の映画から「バトルロワイヤル的状況」という表現をとっている。

どの物語(意見)を信じるかという問題において、どれを選んでも絶対的な解は存在しないために、好きなものを選んでいるというのがゼロ年代の状況ということだ。

そして、その根拠のなく自分の信じる物語には必ず相反する意見というものが存在する。互いに無根拠に物語を信じているため、両者はお互いを受け入れることは自動的に不可能になる、というのがおおよその話だ。

先ほど、『告白』を例に出したが、まさにその通りである。

『告白』の公開は2010年とゼロ年代ではない。しかし、同じような状況が渦巻いていることは確かだろう。

結局のところ『告白』論争は決着がつかなかった。本書の理論にのっとれば当然のことだろう。

本書の結論はそういった議論を進めていたわりには、地味なものへと回収されてしまった感も否めないが、今を取り巻く状況をポップカルチャーで読み解くというのは面白いものだと思った。引き続き、彼の著作を追おうかと思う。
スポンサーサイト

comment

Secret

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
検索フォーム
リンク
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新記事
FC2カウンター
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。