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好きなことだけを学べばいいのか

今回は、教育について書きたいと思います。

社会人になってから学校で習ったことは使わないのだから、勉強するのは無駄だという意見があります。私は、この意見に賛成も反対もしません。

私は、もともと勉強というのは無駄でしかないと思っていました。ですが、今は少し考え方が変わりました。

勉強を学校などで学ぶことは、自分の興味のある勉強をやるのに妨げになってしまいます。それなら、好きなことをやればいいじゃんというのもよくわかる話です。

勉強をして得られるものは何でしょう?私は、何も得られないと思っています。言い方は悪いですが、学問というのは実生活にはあまり役に立たないものばかりです。もちろん役に立つものもあります。文学を読んだところで何も役に立たない、数学なんかどうせ使わないというのはあながち間違っていないと思います。

それでも学習させられる理由は学問をやるためだと思います。簡単に言うと、学問は学問のためにあるということです。学問の研究をすることだけに意味を見出すのです。他の事はどうでもいいのです。

私の意見が多くの学者の意見と一致するとは考えにくいですが、学問には学問としての価値しか存在していないと思っています。頭が良くなるなどの副作用的なものもありますが、学問の本質ではないと思います。

これが、反対の理由です。賛成も反対もしないので、賛成の理由も一応記しておきます。この先意見が変わることもアルト思いますが、今は中立の立場でいたいです。

やりたいことだを学ぶというのは、好きなこと・興味のあることをやるので自然とはかどります。いやなことをしている人よりも好きなことをしている人のほうが、有利なのは純然たる事実です。

自分の好きなことに向かっているときは、一般的に言われている努力も区にはなりません。歴史が好きな人が、年号を覚えているのは楽しいからです。読書が好きなひとが寝る間も惜しんで本を読むのは楽しいからです。というように、卑近な例ですが好きなことをしている人は楽しいというような例は数多くあります。

好きこそものの上手なれということわざがあります。

逆にいやな人のことを考えてみます。いやなひとは、そのことについて嫌だなあという気持ちがあるので、成果は出づらいです。いやいややっていることには人間は楽しさを覚えません。勉強するときに嫌いな科目はたいてい手つかずで最後まで残ります。

好きなものを学ぶのは本当に幸せです。逆にいやいやで学ぶのは悲惨です。

そう考えると、賛成ともいえます。それでも私が中立の立場なのは、学生としての生活が終わっていないというのが大きな要因です。学問を客観的に見ることが出来ないうちに決めつけるのは早計だと思っているからです。
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