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言葉の力はいかほどか?

言葉には力がある(言霊)などと言われることがある。言葉に力はないとも言われる。言葉いわゆる言語は人間のみが使えるものだ。人を啓蒙したり鼓舞するのにつかわれるのはやはり言葉だ。

子供が言葉を覚えるときは言葉は世界であり、100%だった。しかし、成長するにつれて純粋さを失って、言葉信用しなくなる。親や教師が真実だけをいうわけではないからだ。私は、ものごころがついてから、そういった考え方になった。

嘘をつくななどと言われても世間は嘘の塊だし、自分も嘘をつくわけだから、自然と言葉に信頼を置かなくなる。正直に生きられればそれで何も問題ないが、そう簡単にはいかない。子供はそうしたことを通うて成長していく。

人は時に矛盾したことをいうことがる。私もしかりだ。そうしたことも、言葉のへの信頼を下げる要因となる。矛盾自体が生じるのは仕方がない。だが、子供はそれで悩み考えて次第に偏屈になることは否めない。

言葉に力があるのかを考えるのがこの記事の目的だが、今までは上辺のことだけを書いてきた。これから、確信に触れていきたいと思う。

言葉に力があるかと聞かれて、あると即答できるかは疑問だ。言葉はすべてだと言いたい気持ちも大きいが、それだけでは世の中はわたっていけない。もちろん嘘も世の中には必要だ。お世辞がいい例だ。こうして書くと卑屈な奴だと思われるかもしれないが。真に純真な心を持った人は子供にしかいない。で他をすると子供にもいない。

言葉を使って相手を刺激することはおそらく人間にしかできない。仮に言葉に力があったなら、言葉一つで生きていけるし、相手を操ることもできる。しかし、そうではない。人間は嫌いな相手に何か言われたら、拒否反応を起こす。

言葉だけでは人は動かない。その人との経験や体験、共通点などが必要になってくる。そういった条件がそろったときにのみ、言葉は力を持つ。ふだんから嘘をついている人の言葉は、誰も信用しないし、自分でも嘘だとわかる。頭が、自分の言葉は真実ではないと考えるようににある。この辺は学者の研究範囲だが、推測で書きたいと思う。

私は世の中はバランスで成り立っていると思う。言葉にしても話術があるだけでは薄い人で終わるし、かといってしゃべることができなかったら、存在する認知されない。話術と題材、お互いの意識が重なり合った時だけ言葉に力はあるといえる。

言葉には力があるし、力がないという一見矛盾した考えになってしまうが、仕方がない。すべてをひっくるめて考えないと結論は出ない。その人自身の考え方ですべては変わる。気分の持ちようで多くのことを好転できる。

言葉に力はあるかというのは愚問だと思う。言葉には力があると信じられるほうが数段上だし、その通りになる。信じる者は救われるではないが、信じない者が救われることはない。
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