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偽善について

世の中には偽善者と呼ばれる人がいる。たとえばボランティアや非営利団体。売名行為のためにやっているなどと叩かれることのある人のことだ。

偽善はいけないことだと学校で教えられる。親切な気持があってこそ意味があるというようなことを学ぶ。本当にそうなのだろうか。

私はそうは思わない。確かに偽善がいいものだとは思ってはいない。しかし、偽善だったとしてもそこには相手の感謝の気持ちは存在する。偽善であろうが、相手に何かをして相手が感謝をしてくれればいいのだと思う。

何かしらの行為をするのが初めは自分のためだったとしても何もいけないことではない。勉強するのも親からお金がもらえるから、という人がいるかもしれない。もしもそうだったとしても、結果的に、学力が付くのなら方法としては間違っていない。その結果にいきつくのにどんな道を通るかが問われただけだ。

人がんの結果は死だ。それは避けられない。しかし、自分の意志でこうするああすると決めることだけはできる。脳や遺伝子が自分を動かすのかもしれないがそんなことはどうでもいい。自己満足でもやったひとはいぇってない人に負けることはない。

勝ち負けの話ではないが、何かしらやったひとにやっていない人があれこれ言うことはできない。ただの頭でっかちで、周りから人が消えていく。私も一度なりかけた。自分から何もしない人には何も残らない。

偽善者であっても、よい行いをしている人なわけだから、やってもいない人が批判するのはお門違いだ。自分がやっているならいくらいいても許される。

私は、親切にすることもあるが、その時は自分は偽善者だと考えて動く。私は聖人でも悟りを開いているわけでもない。ただあるのは、行為だけだ。その行為を重ねるだけで私は十分なのだ。一種の自己満足かもしれないが、相手が感謝をしてくれれば純粋にうれしい。感謝のためだけにやっているのではない。なるべく無心に行動だけをするようにしている。

偽善的な行動をしている人はいい人でないのかもしれない。しかし、何もしていない人よりははるかに上だ。それだけは、肝に銘じてもらいたい。
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