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『婚前特急』(2010)

監督と脚本を務めた前田弘二という人のことは寡聞にして知らなかったのだが、なんでも初の劇場公開作品らしい。

はたして他者の内部を本当にわかることはできるのだろうか。

僕たちは誰かのことを知っていると思っている。しかし、それは言動や行動を見て僕たちがどう思ったかやレッテルを張ってるだけにすぎない。

この『婚前特急』はそこをうまくついた快作となっている。

自分は相手を恋人と思っていたが、相手はそうは思っていなかった。そこから出発するドタバタ劇はなんとも微笑ましく、また身につまされる。

人間はお互いに本質的には完全に理解などできないからこそ会話をする。また、会話だけでは不十分だから行動を共にする。決して理解しきることなど不可能なのにもかかわらず。

男と女というのはとりわけそうだろう。「女ってわからない」「男ってわからない」この言葉を一体何度聞いたことだろう。しかし、やはり恋愛に限らずなんでもはわからないからこそ面白い。

そんな理解を過程5人の異性と付き合うという設定を用いてを描いたのがこの『婚前特急』なのだ。

当然、その設定も存分んい発揮されてはいるのだが、やはり人物が多く全員を描き切るのはできていなかった。19歳大学生などは、ほとんどいないも同然だった。

他の異性との絡みをもっと詰め込んでくれたならさらによかったことだろう。

『ゼロ年代の想像力』宇野常寛


ゼロ年代の想像力ゼロ年代の想像力
(2008/07/24)
宇野 常寛

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映画ファン、いや映画好きとしては昨年公開された『告白』をめぐる論争というものは非常に面白いものだったと思う。現時点で僕のわかる範囲のことを書くと、結局のところ『告白』を肯定する人も批判する人も同じところを言っているわけだ。

詳しい説明は省くが、『告白』の争点はなにかと言うと、「映像」である。

中島哲也監督は『告白』で、CMで多用されるような記号的表現をちりばめた映像を駆使した。それが、肯定派には「新しい!」と受け入れられ、否定派に派「こんなの映画じゃねえ!」と受け入れられた。

僕の以前書いた記事では、『告白』についての意見を書いている人たちの姿勢を批判するという「逃げ」の意見を書いた。

どちらについても結局は批判されるわけだし、という思考があったからというのもある。しかし、『映画秘宝』を読む僕としては単に、『秘宝』の嗜好するものだけを受け入れるという姿勢いかがなものかと思っていたために、否定に回らなかったのだ。

映画に興味のない人には申し訳ないことに、前置きが長くなった。

この『ゼロ年代の想像力』はこの状況をうまく言い表した、意欲的な作品となっている。

というのも、1990年代の『エヴァ』に見られた、「他者を傷つけるのは嫌だからひきこもる」というスタンスから、ゼロ年代では「そんなんじゃ生き残れないから、自分の信じたいものを信じる」というスタンスに編成を遂げたというのが骨子となっている。

本書ではゼロ年代の状況を深作欣二の映画から「バトルロワイヤル的状況」という表現をとっている。

どの物語(意見)を信じるかという問題において、どれを選んでも絶対的な解は存在しないために、好きなものを選んでいるというのがゼロ年代の状況ということだ。

そして、その根拠のなく自分の信じる物語には必ず相反する意見というものが存在する。互いに無根拠に物語を信じているため、両者はお互いを受け入れることは自動的に不可能になる、というのがおおよその話だ。

先ほど、『告白』を例に出したが、まさにその通りである。

『告白』の公開は2010年とゼロ年代ではない。しかし、同じような状況が渦巻いていることは確かだろう。

結局のところ『告白』論争は決着がつかなかった。本書の理論にのっとれば当然のことだろう。

本書の結論はそういった議論を進めていたわりには、地味なものへと回収されてしまった感も否めないが、今を取り巻く状況をポップカルチャーで読み解くというのは面白いものだと思った。引き続き、彼の著作を追おうかと思う。

今後の予定

4月1日になりました。ということは、僕も晴れて高校三年生つまり完全に受験生です。裏返せば大学生になるのに、1年を切ったということです。胸熱。

ということで、更新の頻度がより減ると思います。

受験勉強に専念しなくてはなりませんからね。

春休みが4月5日までということで今日含めてあと5日です。その5日でやることを書いときます。

・宿題終わらせる
提出しない系のものは多分やりません

・宿題含めて30時間勉強する
1日に6時間やればいいってことなんでそれくらいをノルマってことで

・本を5冊読む
1日1冊ペースなんで楽勝です。宇野常寛『ゼロ年代の想像力』、東浩紀『動物化するポストモダン』、舞城王太郎のなにかとあと2冊という予定です。

・毎日日記を書く
リアル日記を書いてるわけですが、ズボラなので書かないで寝るということが多々あります。とりあえず、この5日は絶対に書くということで。

・筋トレする
運動部に属していないので太る可能性が高いので。あと腹筋を割りたいからです。

春休みが終わったら結果報告したいと思います。

邦画について書きたいことがある

日本でいい映画が見られてないんじゃないか?という前からの疑問を今できる形で答えを導きたいと考えている。

ただ、今回は書くことを一旦見送りたい。

というのも邦画の近年のヒット作を僕は避けてきたからだ。

劇場でバンバン地雷映画を見れるほど懐の暖かい高校生ではないのだ。

なので、昨年のめぼしい映画はレンタル落ちしたころなので、それらをみた上で先の問題について考えてみたい。

考えてどうなるんだ?という話かもしれないが、やはり現状分析というのはワクワクするものなのだ。

今ある程度のことを言うことは可能かもしれないが、推測ばかりになってしまうので、きちっと資料を揃えた上で書こうと思う。

今回は予告編ってことで。見所のない予告だったな(笑)。

『ヤバいぜっ!デジタル日本』高城剛

前にも書いたと思うけど、再読したのでまた書く。

沢尻エリカの元夫として名を馳せた(?)ハイパーメディアクリエーターの高城剛が、日本ではクリエーターがほとんど育ってないという現状を憂いて書いた本。

彼自身の仕事は今だにベールに包まれているが(口外できないらしい)、この本を読む限り彼はかなり面白い人物なのだと思える。

というのも、これからの日本がどのように世界で生き残るかを滔々とリアルに語ってくるからだ。

日本は自国の文化を発信するどころか、評価すらできていないと彼は言う。

また、いわゆる横並び教育のせいでクリエーターも育っていないとも言う。

ならば、どうするのか。

それがこの本の主題だ。

僕は「一体、何人のテレビドラマの監督の名前を言えるだろうか?」という文に膝を打った。

映画監督の名前ならいくらでも言えるが(作家主義だからということもあけど)、日本のドラマを演出している人の名前なんか正直知らないし知ろうとも思わない。

ハリウッドの映画に勝つにはどうするか。彼らは制作に1億ドルも投入できるが日本ではできない。とするなら、日本で世界に持って行けるものといったらスタイルしかない。

金をかけずともスタイルは変えられる。

ハリウッドでも低予算ながらの佳作や良作などいくらでもある。

日本映画ならびに日本の文化に必要なのはそこだ。

前に読んだときはまったく気づかなかったが、彼は本気で悩んでいる。正直、イミフな存在だが、日本の誰よりもクリエーターについて考えている男なのだ。
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